いろいろ考えて
要するに自信がないのだ
自信っていつつくんだ?
全部いろいろやったというつもりはない。ほんとうに
けど興味があるものは少し手をつけて、やってみた。
格好つけたかったのも相当の割合であるだろう。
けどやってみたかったのも本当だ。
結果どれもプロフェッショナルになることはなく、そこそこ以下で飽きがくる。
ほんとはいろいろ整理がついてから書くのだろうが、ぜぇんぜぇん整理のつかないまま書いている。
人の自慢話を聞く時間が一番人生で無駄な時間と分かりつつ、自分は自慢話をしてしまう。わがままであるがみんなそうなんじゃないかと思う。一度乗ってきた自分の話は大抵楽しそうに話す気がするから。
だから余計に申し訳ない。
なんかどうやら個人的にこんななんともない日記のようなものなんて誰も見ていないけど、誰かに向けて書くことで整理のつくものもあるんではないかと思っていたが、少しだけほんの少しだけ気になってちょいちょい見てくれている人がいると知り嬉しさもあり、書き方が変わらないか不安である。一丁前に笑
少々自分を大きく見せる書き方に変わってしまっていたら申し訳ないが、まぁそんなような人間であることに変わりはないのであんまり考えないでおこう。
自分がいた小中学校は、リーダーという言葉を多用する学校だった。当然自分は自分の小中学校しか通ったことがないので他の学校がどれくらいかは知らないが、おそらく他と比べて多用していた気がする。コンセプトとして、未来のリーダーを育成するというものを掲げていたくらいだ。
しかし中身は普通の1学年100人弱の小学校で、受験に合格して入学したとはいえたかだか6歳のガキが集まったらまぁうるさいただの小学生だ。
リーダーに僕私はなりたいからここに入るんだ!なんて思って入ってるやつらはおそらく1人もおらず、そこそこ教育に金をかけるだけの余裕のある家庭が大学への進学率などを鑑みて入学させただけにすぎない。
ごめんやっぱいいすぎたかもしれない。
けどまぁリーダーになるためのキャリアを積むために入ったやつなんていないだろう。
自分もその1人だった。
しかし小1の時からなぜだかありがたいこと場面場面でリーダーという立場?というより言葉?をもらえることが増えていった。
正確には幼稚園の頃にそんな言葉の存在をしり、なんとなくかっけーなーとかすげーなーとか思ってはいたが、直接先生から言われるとまぁより強く意識はしてしまうものだ。
自分の学校の好きなところは、今はどーだか知らないが、先生が生徒を子供ではなく人間として扱うというところにある。それはまぁ子供ながらに肌で感じるとしか言いようがないが、入ってから強く感じた。
そんな中でそんなぶつかってきてくれる先生に言われたらまぁ嬉しいよね。
そんな感じでリーダーっていうのがなんか嫌ではない言葉としてついて回った。
ここで自分はいわゆる一軍であった!とかが言いたいのではない。みんなをまとめられてすごいだろうーとか、しかも周りからも認められている事実から鑑みても自慢ではなく慢心ではなく事実なのだーなんてことが言いたいのではない。当時は少し自分の個性に自信を持っていたけど、今考えるとありがたいことにそーゆー役回りをさせてもらう機会が多かっただけなんだろうなと環境に感謝することの方が多くなっている。
学年代表というなんか仕事の内容はよくわからないことを小中学合わせて何度かやらせてもらったりもしたという面で、事務的な立場としてのリーダーというものも少しだけ経験させてもらった。
いや、嬉しかったよそりゃ。
やっぱお前だよなーみたいな感じとかを先生からも友達からも言われたりするのは。
けどやっぱそれは自分と仲が良い友達だからで、先生も関係性を築いているからであって、自分と仲が深くない友達にどのように思われているのかがいつも気がかりであった。だからいつも不安があった。
今ここでおれが話していることがまっすぐ届いているのだろうかという不安とか、本当におれでいいの?という思いがずっとあった。
んでまぁちょいややこしいんだけどうちの学校は中2までで終わりで、中3から中高一貫校に合流する。
だから割と環境が変わる。
環境の変化を体験したことがない人生の中でこの合流は結構な変化である。
そこである男と出会う。
その当時はすごく自分と似ていると思っていた人物。
要するに、まぁ、学年をまとめていた人物?って言って良いのかな。
んまぁおれのこと興味ないやつこんなの見てないと思うから気にせずに書こうと思う。
こいつがまたすごいのだ。
おれはたかだか100人くらいの世界しか知らない男だったが、合流先ではおよそ300人くらいいるわけだ。そこの中心人物となるんだからまぁすごいやつだ。
おれはなんとそいつと同じクラスになった。
クラスに入って目が合った瞬間2人とも笑い合った。言葉はなかったけど、ただ笑った。
たぶんここが機転となっていろいろ起こった。
成長しなきゃいけないことと対峙することになった。
今仲のいい友達でまぁ歪んだ味方も得意なやつが(仲が良いのでこの言い方ができる笑)、お前はあの戦いに負けたのだと言ってくれた。お前が身を引いたのだと。
多分当時のギラギラなおれが言われていたら反発していただろうが、今はいろいろ考えて確かになってなった。
おれが身を引いたのだろう。勝手にやっていた縄張り争いから。負けたのだと。
そこからおれは喧嘩ができなくなってしまったとこないだ気づいた。
感情的に怒ることができなくなってしまった。
まぁそんなことないよって言われるけどそれもそうだ笑。
なんかけど、はやくそこの場所から違う場所に行けたことは後から見ると良かったと思う。
負け惜しみと言われようと全然いい。
そう見えるやつにはそのプライドがあるってだけの話だ。
気にしなかった、というか傲慢ながらに寄り添える部分が増えた気がした。
んーと、何が言いたいのか忘れたけど要するに自信がないのだ。
けどこれは多分、前からなのだ。
前はおそらく慢心があっただけだ。常時自信はないのだ。
おれが学年代表とかいろいろやってる時に、常におれと一緒に代表になってた女がいる。
そいつはいま海外留学でいろいろ学んでいるらしい。
自己肯定感が低いやつだったけど、今は全然そんなことないらしい。さすがの行動力とエネルギーに脱帽し、羨ましいがることしかできない。
何が外交的で刺激的なことを好むだ。戯言も甚だしい。人口の4%?へー、なんか特別感だけある良い数字じゃないか。それで?おれであるというものはどこへか行くのか?
よっぽどあいつの方がすごいやつではないか。
何をやっているんだおれは。
多分休憩しすぎるのも毒なんだろうな。
あがらないことに時間を使っている場合ではない。
逃げるな、野口也英。
前を向け。
息を吸って前進しろ。
傷ついたってみっともなくなって
人生は飛び込まなくっちゃ。
あんな男になりたいと願う。
森谷と風呂行くからここで切り上げ。