健康で会いに来てくれたことを心から喜んでくれる人が何人いるだろうか
大阪のおばあちゃんに会いに行った。
周産期の病棟になぜかおばあちゃんはいた。
おじいちゃんが死んだ時
あんなに食べるのが好きでふくよかだったのに、こんなに痩せなきゃ死ねないのか。つらかったねおじいちゃん。と言っていたおばあちゃんが、似たような姿でしんどそうに口呼吸をしながら病室で眠っていた。
きたで。と言うとむくっと起きてベットを起こした。
気胸の原因となった穴の空いた肺は未だに回復しないみたいだった。
ご家族さんですか、ちょっと病状の説明あるんで来てもらえますか?
萎んでもどらない肺のCT画像と塞がらない無数の穴を見せてくれた。このままチューブが繋がったままだとばい菌がはいって死ぬか、心房細動によって死ぬかなので、塞ぐために薬の投与をしてわざと肺を少しやけど状態にして体がそれを修復する過程で肺の穴を塞ぐ処置に切り替えたいとのこと。とんでもない痛みだそうで、母はどうか痛みなくあの世へということを訴えた。
三十代くらいのメガネのセンター分けの白衣姿と話し方に、溝田を強烈に連想した。
分野は違えどこんな現場で働くのか、がんばれと
おばあちゃんとは脳梗塞で右手がひらかなくなってしまって、手術で治ってからというもの、会うと必ず左右の握力を俺の手で測っている。
今回は左手の握力がだいぶなかったけど右手が元気なようだった
病状の説明を母から受ける祖母の顔は、恐怖と覚悟が同居していて、修羅場を潜り抜けた数の違いと人間らしさを感じていた
祖父の墓参りをしたという報告にとても嬉しそうにしていた。
何でも祈っときや。
けどあたしずっと、病気なんとかしてって頼んでんねんけどまだやねん。
そっかー、遊んでんのかもね笑
周波数の合わないラジオともうすぐ読み終わるという半分くらいの場所に栞のさされた下巻の本、届かない場所に置かれた充電器がさしっぱなしの携帯電話の位置をなおし、少し話したあと病室を去った
就職担当者から電話があった。内定だと。
だが希望したコースの採用ではなく、総合職の内定だった。
そう全部は上手くいかないものだ。だがもぎとったのは確かだ。希望した会社では働けそうだ。
悩みなんか尽きないし、今やんなきゃいけないことも去年ほどじゃないけどそこそこある。
けど、元気だ。というだけで、これだけで心から喜んでくれる人が何人いるだろうか
今日ばあちゃんに電話をした。
よかったなぁと、ホッとしたわと言ってくれた。
あんた、せやけどちゃんと卒業せなあかんでな。
ほんまやな、そこが一番怪しいわ。笑
もうやり残したことは俺の卒業を見届けるだけだそうだ。
じいちゃんが工場を出て会社を立ち上げたときの話から、お金ちゃんとせなあかんでと言われた。
お金回ってくるなんていうけど、そんなことないで。と
楽しいことをしなさいと。
まだ頑張るから、ばあちゃんも頑張ってと電話を切った。